僕たちが入っている<那須食卓の会>の代表のWさんが、
「卵を産まなくなった“こじゃっけい”を絞めようと思うので、これもひとつの『いのちの食べ方』だから、体験したい希望者はいっしょにやりましょう」
と昨年12月、食卓の会の例会でおっしゃった。
それが、とうとう実施の運びとなり、1月16日、20名近くの会員が朝からW代表のお宅に集まった。僕らは家族3人で参加。
鶏を絞め、そしてそれをその場でさばき、調理して食べる、という得難い貴重な体験をさせていただいた。
小振りな鶏で、卵も肉もおいしい品種だという。
白と黒のまだらの羽模様がきれいな鶏だった。
鶏の絞め方はこうだった。
1. まずひとりが鶏をしっかりと両手で背中側からつかむ。足をヒモでしばる。
2. 鶏の首を90度以上曲げて、背中の羽の内側に隠れるように収める。
3. もうひとりが首の頸動脈をナイフで切る。
4. 流れ出る血をボウルで受ける。
(この血もあとで料理となる)
僕は、この鶏を抑える役を少しやらせていただいた。
僕らが“いのち”をいただくために、今までは誰かにやってもらっていたことを、いまこの手で行っているんだ、と思いながら。自分に言い聞かせながら。
あきらかに身体に力が入っていた。
自分の手の中で進行したこと、掌から伝わったさまざまな感触は、「食べる」ということの宿命的重みや「いのち」の存在感を僕に突きつけてくるかのようだった。
今でも、鶏が絶命する前にからだが細かくぶるぶると震える感触を、まざまざと思い出す。








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