2009-01-19

“こじゃっけい”を絞めた(1)<那須食卓の会>

僕たちが入っている<那須食卓の会>の代表のWさんが、
「卵を産まなくなった“こじゃっけい”を絞めようと思うので、これもひとつの『いのちの食べ方』だから、体験したい希望者はいっしょにやりましょう」
と昨年12月、食卓の会の例会でおっしゃった。

それが、とうとう実施の運びとなり、1月16日、20名近くの会員が朝からW代表のお宅に集まった。僕らは家族3人で参加。
鶏を絞め、そしてそれをその場でさばき、調理して食べる、という得難い貴重な体験をさせていただいた。

この日、絞める予定の“こじゃっけい”は、Wさんの飼っているまだ1〜2歳と若い10羽。
小振りな鶏で、卵も肉もおいしい品種だという。
白と黒のまだらの羽模様がきれいな鶏だった。


鶏の絞め方はこうだった。

1. まずひとりが鶏をしっかりと両手で背中側からつかむ。足をヒモでしばる。

2. 鶏の首を90度以上曲げて、背中の羽の内側に隠れるように収める。

3. もうひとりが首の頸動脈をナイフで切る。

4. 流れ出る血をボウルで受ける。
(この血もあとで料理となる)


首を切られてから絶命するまでの時間は短いが、(途中で意識がなくなるようだった)その間に1、2度突然全身の力を振り絞るようにして暴れるので、抑える人はしっかりと鶏をつかんでいないいけない。

僕は、この鶏を抑える役を少しやらせていただいた。

僕らが“いのち”をいただくために、今までは誰かにやってもらっていたことを、いまこの手で行っているんだ、と思いながら。自分に言い聞かせながら。
あきらかに身体に力が入っていた。

小振りな鶏とはいえ、瞬間的にものすごい力を出して逃げようとし、その力と動きに驚いた。

自分の手の中で進行したこと、掌から伝わったさまざまな感触は、「食べる」ということの宿命的重みや「いのち」の存在感を僕に突きつけてくるかのようだった。
今でも、鶏が絶命する前にからだが細かくぶるぶると震える感触を、まざまざと思い出す。


W代表のお宅の庭にあつまった食卓の会のメンバー。
庭の前(写真右手)には、広い田圃が広がっている。とても素敵な場所だ。

よく晴れて風もなく、あたたかい日だった。

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