夏至祭は自分が楽しんでしまったので、南無の写真がほとんどない。祭りの写真に至っては1枚もない。
夏至祭のレポ自体も、昨年の夏至祭以来何度か書いたのと基本おんなじだし、しかもあの祭りのすごさは言葉で伝えられるものではない。夏至祭にかかわった人でない人に情報として伝えること、夏至祭を紹介することに意味を感じなくなってしまった。
あの祭りは、実際に知ってる人とそうでない人がいる、それでいい。気持ちとしては、あまり知られたくないのかもしれないな。夏至祭は特別なお祭りです。
さて、その南無である。
夏至祭のライブが22日の夜で、そこから彼らは1週間ほど那須(正確には那須塩原市)の友人宅に滞在するのであった。その友人なる人物とボクはつい最近fesを通じて知り合っていて、結構短い間にぐんと仲良くなれそうな予感の中で付き合い始めていていた。そんな頃にその彼が南無と親しいという事実を知り、ボクは大いに喜んでしまった。彼を通して南無にも今回親しくなることができたわけなのである。
自分が大ファンであるアーティストと何度か話したり飲んだりできたのは、こういう訳があったのだが、そういう経緯はともかく、南無は24日に、〈創造の森 保育園〉で園児を前に歌った。1曲目は「ふるさと」だった。
ちなみに、この友人は、創造の森レストランのシェフであり、創造の森全体を将来背負っていく2代目であり、イギリスで自然農業と知的障害者の手助けについて勉強した青年である。
梅雨の雲間から青空が覗く暑い日だった。
農園に囲まれた緑の美しい保育園の、カーテンが降ろされた暗い部屋で、園児全員を集めて南無のライブはゆっくりと進んでいった。
園児たちを前にした南無のふたりはすこし戸惑いながらも基本的にリラックスしていた。こども相手だけでなく、知的障害者の施設や老人デイケアセンターにも自ら進んでライブに行く、という彼らのスタイルはこの時はまだ知らなかったのだが、きっと子どもが好きなんだろうな、と思いながら、南無の様子を眺めていた。
ボーカル&ギターのMarは、曲の意味(メッセージ)を園児たちに伝えようと、言葉を選び、かみくだいて子どもたちに話しかけていく。曲の持つエッセンスが言葉として園児たちに届いたかどうかはわからないけれど、Marというギターを持ったお兄さんが一生懸命自分たちに何かを伝えようとしていたこと、は少なくとも子どもたちに届いたはず。そんな風にして、演奏は進んでいった。
「ふるさと」「見上げてごらん夜の星を」でスタートしたライブは、自分たちのオリジナル曲へと進み、最後にはMarが床に座って床を叩いて先導し、すっかり園児たちをのせてしまった。
観ていた大人は、保育園関係者(保母さんたち)を除くと、ボクと、前出の友人と、ボクがこのライブに誘った友人(女性)の3人だけ。
Imariは箱のようなアフリカの打楽器を手で打ち、リズムを那須の地平へと伝えていった。
Marは、園児たちの目を見ながら、話しかけながら、言葉をていねいに発しながら歌を歌っていった。
のどかにゆっくりとライブは終わった。








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